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鞍作路加 総入れ歯になる恐怖からの復活 00

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20代で歯がぼろぼろになり30代で総入れ歯になるのではないか
という恐怖心を常に持ち続けていた鞍作路加の記録 Youtube↓

初診時の状況 Sammary

1) 症状

・30代で総入れ歯を考える程、歯がボロボロ

2) Patient

・30代前半 女性 身長160cm  痩せ形

3)人生

子供の頃から歯が悪く悩んでいる

・仏師の修行をしたことがある

・勤務医の夫と一女に恵まれる

4)歯の状況

前歯が抜歯されるなど惨憺たる状況

・歯が悪いのはレベルの低い治療をされ続けたため

・噛み合わせが悪く顎の位置が不安定(顎関節症)

5)復活に必要な治療

修復(虫歯、神経)治療

口腔外科(抜歯)治療

歯列矯正治療(ブラケット装着7ヶ月)

July 05, 2006

鞍作路加(くらつくりのルカ) 登場

30代女性 前歯のない人の歯列矯正

今日の一番は鞍作路加(くらつくりのルカ)でした。

初診です。

まずは自己紹介です。

*****

G.V. BLACK DENTAL OFFICE

女性患者総代 吉沢 カオリ様

はじめまして。

私はG.V.BLACK DENTAL OFFICEでの治療を

心から望んでいる鞍作路加(くらつくりのルカ)と

申します。

突然にメールを差し上げます失礼を

どうぞお許し下さい。

昨年の6月にGVBDOのHPに

出会うことができました。

長い時間がかかってしまいましたが、

やっと準備が整いました。

大変厚かましいお願いですが、吉沢様には

是非ともご推薦いただきたいと思いまして、

本日、治療希望申込書をお送りいたしました。

この一年間、GVBDOのHPは私の心の支えでした。

山崎先生の緑の日記では本当に様々なことを

勉強させて頂いております。

また、どんな自分でありたいのか

真剣に考える機会をも与えて下さいましたことを

本当に感謝しております。

私もまた、長い間歯で悩んできた一人です。

今まで覚えている限り、歯が良かったという時期は

なかったような気がします。

頭の片隅では、常に歯のことを思い煩い

不安な気持ちでいました。

これからの残りの人生は、歯で悩むことのない

明るい毎日を送りたいと願ってやみません。

私にはもう山崎先生に治療していただく以外、

他に道はありません。

もしも導いて頂けるのならば、どのような試練も

乗り越えて必ず復活する覚悟でおります。

吉沢様、お忙しいところ大変恐縮ですが、

どうかよろしくお願いいたします。

01 氏名 

鞍作路加(くらつくりのルカ)

根尖病巣,前歯のレントゲン,歯の神経の治療,痛い歯,画像

02 住所 

北海道

03 年齢 

30代前半

04 職業 

仏師

06 主訴

(1) #6~#11ブリッジのうち、

#10,11に違和感があり

今現在、麻酔がかかっている様なしびれと

圧迫感を一日中感じる。

(2) 左の小鼻のまわりがはれぼったく、

ジーンとした痛みを感じる。

(3)目の下に鈍い痛みがある。

(4)思い切り走ることや、頭を下げることもつらい。

(5) 現在入っているブリッジは、他人が見ると

ギョッとするようなとても醜いもので

手で隠すか、見えないようにして笑っていたが、

最近はこの酷い歯に慣れ始めている自分を

恐ろしく感じる。

(6) 硬いものを噛んだりすると、#5が痛み出す。

たまに頬骨の痛みもある↓。

根尖病巣,前歯のレントゲン,歯の神経の治療,痛い歯,画像,完治

(7) #14のクラウンは10年ほど前から、

歯ごたえのあるものが時々噛めない状態で

今は時折疼く↓。

歯列矯正終了,11年後,ホワイトニング終了

(8) インレーにしている、#18、19は

シクシクとしみる感じが時折ある↓。

(9) 上下の親知らずと#13、#21、27が

生えてこず下顎は隙間だらけ↑。

(10) #28のメタルボンドが前後に動くような感じが

時々ある↓。

 

(11) #30、#31の隙間には食べ物がつまり不快↑。

 

(12) 肩はいつもこっていますが、

 

特に左側がひどくパンパン。

 

(13) 肩こりからくる頭痛が頻繁にあり辛い。

 

(14) 顎や首、耳の裏のリンパが頻繁に腫れ、

 

小さなこぶのようなものがクリクリとして痛い。

 

(15) マウスピースをしなくなってから、

 

自分の歯軋りで目が覚めることがよくある。

 

(16) 朝起きると顎がだるいことがある。

 

(17) 左耳がキーンと一時的に音の聞こえが悪くなる

 

ことが10代の頃から続いている。

 

(18) 証明写真などを撮ると口元が歪んでいて

 

高校生くらいからずっと気になっている。

 

07 今までに受けた治療について

 

小さいころから虫歯だらけでした。

 

母はとても歯の良い人でしたので、

 

子供の歯に無頓着だったと思います。

 

母の用事に付き合わされるときには、

 

いつもアメやキャラメルを口のなかに

 

入れられていた記憶があります。

 

小学生のときは、世田谷の桜新町にあるS歯科に

 

ずっと通っていました。

 

親子二代の女医さんで、怒られてとても

 

怖かった記憶があります。

 

小学校4年のときに中切歯の間を

 

虫歯にしてしまいました。

 

母は大切な永久歯を虫歯にしてしまったことを

 

とても後悔していました。

 

その後すぐに前歯の神経を取られたと思います。

 

どんどん色が黒くなって、同級生から、

 

「前歯どうしたの?」と聞かれ、

 

からかわれることで前歯コンプレックスを

 

持ち始めました。

 

中学1年のときにおせんべいを噛んで、

 

右の中切歯が縦半分に割れてしまいました。

 

どうしていいのか分からず、そのとき入院中だった

 

母のもとにとりあえず駆け込みました。

 

「とにかく、早く歯医者にいきなさい!」

 

言われるままに病室を飛び出しました。

 

ちょうど世田谷区内で引越をしたばかりだったので、

 

どこに行ったらよいものか13歳の子供には

 

考えは及びませんでした。

 

結局、家から一番近くのH歯科に行きました。

 

初老の眼鏡をかけた先生は

 

「これは抜歯しないとダメだからね」

 

と気の毒そうにいいました。

 

13歳で抜歯、歯抜けになってしまった。

 

これはほんとうにショックでした。

 

その時に、左右の歯を削りブリッジにすること、

 

今は歯が成長するのでしばらくの間は

 

仮歯になると説明されました。

 

数年後に固定された歯となったのですが、

 

いつ着けられたのかよく覚えていません。

 

高校生のときにはもう入っていたと思います。

 

高校生になっても歯科通いは相変わらずでした。

 

いつ、どこで何番を治したのか、

 

はっきりとは思い出せない状態です。

 

近所の新しく開業した医院や、親戚に「いいよ」と

 

勧められた、歯科医院に頻繁に通っていたので、

 

すでにこの時には銀歯だらけになっていました。

 

18歳のとき、前歯#9(ブリッジの柱)に

 

違和感があり、歯茎の表面に小さいイトミミズ状の

 

ものが現れました。

 

とても気になって京都市内のK歯科を受診しました。

 

その当時、

 

私は京都で仏師になる修行をしておりました。

 

レントゲンの結果、#9の根の治療が不完全で、

 

治療のやりなおしをしなければいけない

 

いわれました。

 

院長は下らない冗談を言うにやけた態度で、

 

とても腹立たしかったことを覚えています。

 

根の治療には何回も通院しましたが、

 

すぐに終わるものでした。

 

また、治療が終わり、

 

新たにブリッジを入れたのですが、

 

歯と歯の間に三角の隙間が二つ、黒ずんだ歯茎、

 

自分の口の中に入ったのを見て、

 

あまりのショックに言葉を失いました。

 

とても酷いものでした。

 

その歯は自分のものになったわけですが、

 

今度は大きな口を開けて笑えなくなりました。

 

前歯が見えそうになると、両手で隠していました。

 

21歳のとき親の看病のため東京へ戻りました。

 

インレーだった#30、31が虫歯の大爆発状態で、

 

とうとう神経に達してしまい、

 

休日当番の歯科医院に駆け込みました。

 

世田谷区のS歯科医院です。

 

神経をとることになり、しばらく通院しました。

 

診察室に東京医科歯科大の卒業証書が

 

飾られてありました。

 

そこでは患者はとても少なく、今までに比べたら、

 

時間をかけて診てもらえました。

 

#30、31の治療は、神経を取りました。

 

#5、4もインレーをやりなおし、

 

これは金の物で保険外でした。

 

そして、

 

「前から気になっていたけど、あなたの前歯、かわいそうね」

 

「その前歯どこで入れたの? 京都かぁ~ 関西はね、

私大が多いからメチャクチャなのも多いよ。」

 

「もし僕に入れさせてくれたら、絶対に

差し歯だってわからない歯をいれてあげるよ。」

 

といわれました。

 

腕の良い、つわものと言われる技工士さんを

 

知っているとのことでした。

 

これはもう15年くらい前のことですが、

 

脳裏に焼きついた、忘れられないやり取りです。

 

前歯コンプレックスの私は気持ちが揺れました。

 

受付をしていた奥様の前歯は、

 

白くてスマイルラインはとても美しく見えました。

 

「これ全部主人に入れてもらったのよ。

 

あなたもこんな歯が入るわよ。」

 

そして前歯の入れ替えという道を

 

選択してしまいました。

 

きれいな歯にばかりとらわれて、

 

根の治療の大切さは全く分っていませんでした。

 

そのときに、コアの入れ替えもしました。

 

#9は歯がかなり薄くなっているので、

 

もう入れ替えは出来ないと説明されました。

 

コアの3回目の入れ替えでした。

 

この歯はどれくらい持ちますか?と質問すると、

 

「瓶ビールのふたを歯でこじ開けない限り大丈夫。」

 

私はその言葉に、ずっと持つものなのだと

 

思いこんでいました。

 

平成12年3月(31歳) #9の歯茎に違和感があり、

 

おかしいなと思っている数日のうちに、

 

急激に痛みだしました。

 

慢性的な違和感や痛みなど、

 

特別な前ぶれも何もありませんでした。

 

今まで経験したことのない、恐ろしい痛みでした。

 

家にあった鎮痛剤(ロキソニン)、

 

抗生物質(クラビット)も効かなくなり、

 

夜も眠れない状態でした。

 

鼻の下は酷く腫れ上がり、今まで見たことがない

 

動物の顔になっていました。

 

4、5日後、近くのM歯科で診てもらいました。

 

その時は、痛みでじっとしていることが

 

出来ないくらい辛い状態でした。

 

化膿して、とてもひどい状態とのことで、

 

すぐに抜歯となりました。

 

抜歯のときに麻酔を打ったのですが、

 

効いていないようでした。

 

痛みは脳天に達して、耐え難い痛みに

 

体の震えが止まらず、涙があふれました。

 

経験のない恐ろしい痛みでした。

 

抜歯の際の出来事は一生忘れられません。

 

治療が終わり、今後、前歯をどうするのか、

 

その話になったとき、

 

インプラントの言葉をききました。

 

ブリッジにすることは出来るけれども、

 

更に3本の全く健康な歯を犠牲にしなければならない。

 

インプラントなら2本ですむよ。

 

でも、骨の厚みが足りないので、

 

厚みを増す手術をしなければならない。

 

それには二つの方法があって、一つは牛の骨を

 

使う方法で、これはものすごく少ない確立だけど、

 

感染症を起こす場合がある。

 

もう一つは自分の腰骨を移植するもので、

 

提携している病院に入院して全身麻酔で

 

外科手術をするが、自分の骨なので安全である。

 

まぁ良く考えてみて。

 

苦しめられていた痛みからは解放されたものの、

 

前歯をさらにもう一本失ってしまったショックは

 

大きく、とても落ち込みました。

 

どうしてこんなことになってしまったのだろう・・・。

 

原因は不明と言われたけれど、

 

何がいけなかったのだろう。

 

定期健診に行かなかった自分を責めました。

 

インプラントという言葉は高校生の頃から

 

知っていました。

 

前歯のない私にとってはとても興味のあるものでした。

 

ですが、良いのか悪いのか、全くわかりませんでした。

 

主人も同じで、結局、子供が小さいので

 

入院するのは無理であろうということと、

 

全身麻酔が恐ろしく、ブリッジを選択しました。

 

そのときの私は、

 

入れ歯はとても考えられませんでした。

 

抜歯した後、その歯茎がどれくらい

 

落ちるかわからないので、しばらくの間、

 

仮歯になると言われました。

 

その間、悪いところを治しましょう

 

ということになりました。

 

#4、5、28(メタルボンド)をやり直しました。

 

平成12年3月に抜歯した前歯はその年の

 

12月頃に入りました。

 

前歯6本のブリッジは前歯で物を噛み切ると、

 

しなる感じがしました。

 

#8、9とないわけですから、

 

仕方ないと思いましたが、

 

柔らかいもの意外はなるべく食べないように

 

心がけていました。

 

まだ子供に手のかかる時期でしたので、

 

抱っこをしているときや一緒に遊んでいるとき、

 

前歯に頭突きされないようにと

 

いつも注意していました。

 

また、歯茎が腫れるのでお手入れがとても大変でした。

 

特に#10の歯と歯茎の境目がすぐに腫れて

 

とても痛痒く、出血するのを我慢して、

 

毎日30分くらいかけて一所懸命に磨いていました。

 

3ヶ月ごとの定期健診もかかさず受けていました。

 

前歯の歯茎の腫れについて訴えると、

 

「もっと磨いてください。」

 

と衛生士さんに言われますが、先生は

 

「強い歯ブラシで磨きすぎると

 

歯茎が後退してしまう。」と言うので、

 

どうしたらこの歯茎の不快感がなくなるのだろうと

 

悩みました。

 

また、ブリッジが入った時からすでに

 

左の小鼻の周りに違和感がありました。

 

お化粧を落とすときに押さえると、

 

ジーンと感じました。

 

心配でしたが、#9を抜歯したことによるものだと

 

考えました。

 

平成17年の1月の末、#5が痛みだしました。

 

熱いもの、冷たいものがシミ、

 

そのうちに痛みで物を噛めなくなりました。

 

メタルボンドで神経もないのにどうして痛むのだろう、

 

もしかして化膿しているのではないだろうかと

 

心配になりました。

 

引っ越していたので、M歯科で診てもらいましたが、

 

神経の治療は奥までいっているし

 

問題はないと言われ咬合調整だけをされました。

 

削った2、3日後に痛みがひどくなり、

 

今度は#4も痛みだしました。

 

しかし、M歯科でもう一度診てもらう気には

 

なれませんでした。

 

ネットで調べて、評判の良さそうな

 

札幌市のT歯科に行きました。

 

そのときは何も噛むことが出来ず、

 

頬骨までが痛む状態でした。

 

こんな歯はとってしまいたいと訴えましたが、

 

キレイな歯が入っているので

 

もったいないと言われました。

 

削って様子をみましょうということになりました。

 

また、#10、11、12につける一時的な

 

部分スプリントをその場で作ってもらいました。

 

一週間ほどで慢性的な痛みは少しずつ

 

治まってきましたが、硬いものはだめでした。

 

その後、T歯科には何度もスプリントの調整に

 

通いました。

 

#4、5の痛みは酷い頃に比べたら、

 

だいぶ治まっていましたが、

 

頬骨はずっと痛みがありました。

 

それでも柔らかいものなら食べることが

 

できましたので、少しは気分よく生活できました。

 

平成17年5月のゴールデンウィークに

 

#11の犬歯に違和感がありました。

 

紙一枚が引っかかっているような感じでした。

 

また、見た目にはわからない自分の感覚なのですが、

 

ブリッジが前後に動く感じがしました。

 

その後、#11にしびれるような圧迫感が

 

ありましたので、6月のはじめに定期健診を兼ねて、

 

T歯科にいきました。

 

レントゲンの結果、

 

#11はもしかしたら化膿しているのかもしれないが

 

今の段階ではわからない。

 

また、ブリッジを取ると大変だし、

 

歯がやや長くて、当たってしまうことで

 

犬歯に症状が出るのかもしれないので、

 

1ミリくらい短く削ってみてはどうか、

 

ということでした。

 

ただ、もしかすると土台の部分が

 

見えてしまうこともあるということでした。

 

歯を削って良くなるのだろうか?

 

#9を失ったときの恐ろしい急激な痛みが頭をよぎり、

 

焦りと不安で一杯でした。

 

#4、5の痛みから解放され、

 

気持ちが落ち着いてきた矢先でしたので、

 

また谷底に落とされたようで、かなり落ち込みました。

 

兎に角、

 

今の自分の症状はどのようにしたら

 

一番いいのか知りたいと思いました。

 

そして噛み合わせや顎関節症、根の治療について

 

ネットで検索して調べました。

 

このときにやっとGVBDOのHPに

 

出会うことが出来ました。

 

その日のうちにひたすら読み、

 

衝撃の事実に動揺しました。

 

そこにはデンタルIQ皆無の自分のことが、

 

書かれていたからです。

 

このままではどうなってしまうのかを知り、

 

ただ考え悩み続けました。

 

悩んだ末、もう一度レントゲンを撮ってもらい、

 

確かめたいと北大を受診しました。

 

平成17年7月のことです。

 

レントゲンの結果、

 

やはり#10は病巣が出来ていて、

 

これは吸収されることはないので、

 

根治のやり直しが必要ということでした。

 

他もまずいかもしれないと調べてもらいました。

 

そして、隣の#11も病巣が出来かけている

 

かもしれないと言われました。

 

たまたま私の席の近くで治療していた、

 

年配の先生がレントゲンを診て診断しました。

 

私に付いていた研修医が、この先生に

 

治療をお願いしましょうと聞いてくれました。

 

その際に「こんな簡単な根治、

 

わざわざ札幌まで通わなくても、地元でやったら?」

 

と言われました。

 

その医師は患者さんが多いらしく、

 

治療は月に2回くらいになるということでした。

 

その段階で、すでに山崎先生のRCTの項目は

 

読ませて頂きましたので、月に2回の治療が

 

どういう結果になるのか分かっていました。

 

ですが、その時のわたしは、治療希望メールを

 

お送りできる条件をまったく

 

満たしておりませんでしたし、

 

まだ覚悟も固まっていませんでした。

 

#9の時のことが頭から離れず、

 

また突然に恐ろしい痛みが来るのではと

 

ただ怯えていましたので、

 

北大での治療を選択しました。

 

担当は若い女医さんでした。

 

治療はいつも若い女医さんが行い、

 

途中で上の先生と交代するものでした。

 

大学病院は若い医師の勉強の場でもあるわけですから、

 

仕方ないと思いましたが、車を2時間飛ばして

 

通っても、圧迫感が増すだけで、

 

家に帰る頃には必ず酷い頭痛で吐き気がしました。

 

気分は落ち込み、ただ空しい毎日が続きました。

 

10/17日の治療でやっと根の先端にいきました。

 

その日は最初から上の先生でした。

 

根の先に触れると神経にさわりました。

 

治療後、

 

「これは根が残っていたということですか?」

 

と聞くと

 

「そう。この歯の神経を取ったときに、

 

ちゃんと取りきれていなかった。」

 

と説明がありました。

 

その言葉に、やはりそうだったという気持ちでした。

 

「ほんとうの治療」に書いてあることが

 

そのまま私に起きているのだと改めて実感しました。

 

その後11/1に#10の根充をしました。

 

次回にコアを入れて#11のコアを

 

外すというところで、予約を入れませんでした。

 

この治療が、もう歯で悩まなくてもいいものならば、

 

どんなことをしても通ったと思います。

 

ですが肩こり、頭痛が酷く、

 

長距離を運転することが辛くなっていましたし、

 

時間とお金をかける意味があるのだろうか

 

と空しさで一杯でした。

 

北大での治療は、山崎先生のなさる根の先に

 

出来た病巣を攻撃するという

 

予後を考えた治療ではありませんでした。

 

私が心から望んでいる治療とは全く違うものです。

 

たとえコアを入れて新しいブリッジになったとしても、

 

結果的には良くなるどころか、

 

いずれダメになるのですから、

 

#9を失った時と同じ過ちを

 

また繰り返してしまいます。

 

そして数年後には、

 

合わない入れ歯に苦しむと思います。

 

私の周りには、部分入れ歯や総入れ歯に

 

近いものを使っている人がいます。

 

皆、どれだけ食べることが苦痛か話してくれます。

 

入れ歯にしたことで、

 

口元の印象が変わってしまったと悲しむ人もいます。

 

その人たちは近い未来の私です。

 

どこのハイシャに行っても、私の歯は決して

 

良くならないということが、

 

十分すぎるほどわかりました。

 

もうこれ以上、自分の歯を粗末にしたくないです!

 

もう、GVBDO以外に行くところはありません。

 

全歯のチャート

#1 生えていません
#2 インレー(#1側に黒い点の虫歯があります)
#3 インレー
#4 メタルボンド
#5 メタルボンド
#6 メタルボンド
#7~11 ブリッジ(仮歯です)

#12 インレー
#13 生えていません
#14 シルバークラウン
#15 インレー
#16 生えていません
#17 生えていません
#18 インレー(頬側にレジン)
#19 インレー(頬側にレジン)
#20 頬側の歯の根元にレジン
#21 生えていません
#22 無傷
#23 無傷
#24 #25との境目にレジン

 

 

#25 無傷
#26 無傷
#27 無傷
#28 生えていません
#29 メタルボンド
#30 シルバークラウン
#31 シルバークラウン
#32 生えていません

 

08 現在の健康状態について

朝起きると、肩、首、背中がこって辛い状態です。

半年前から、慢性的な腰痛があります。

肩こりのため、細かい作業はしていません。

ずっと治まっていた体に出るアトピーが、

一年前から頻繁に出てくるようになりました。

かなり疲れやすくなっていますが、歯以外は健康です。

 

09 常用している薬はありますか?

ありません。 

頭痛で飲みたいと思うことがありますが、

鎮痛剤が効かなくなるのが怖く、

我慢の限界を超えるまで飲まないようにしています。

10 今までに入院するような病気、ケガをしたことがありますか?

ありません。

11 あなたは禁煙・禁酒をいつから続けていますか?

タバコはやめてから7年以上になります。

吸っていたころは2、3本くらいでした。

お酒は子供が出来てからはほとんど

飲まなくなりました。

平成17年1月の末、#5が痛み出してからは

一切飲んでおりません。

12 GVBDO HPはいつ頃から閲覧をはじめましたか?

平成17年6月の末からです。

ラバーダムの緑色が目に飛び込んできたとき、

一瞬、手術のイメージと重なり、

歯科医師向けのHPかしらと思いました。

ラバーダムは初めて見るものでした。

また、専門用語もたくさんあり、

最初はよくわかりませんでしたが、

次々と沢山の項目を読み続けるうちに、

とんでもないことが書いてあるということに

気づきました。

ただひたすらに集中して読み続けました。

それはほんとうに衝撃的な内容でした。

自分の無知さ、愚かさを思い知らされて、

悔やんでも悔やみきれない気持ちでした。

そして私の歯がかなり悪い状態にあるという

現実を受け入れることはとても辛いことでした。

こんな凄い先生に診て頂ける患者さんは、

なんて幸せなのだろうと思いましたが、

これは遥か彼方で起こっている奇跡なのだと最初、

私にはとても遠く感じられました。

ですが、山崎先生の治療に望まれる真摯なお姿や

スクランブル交差点で、患者の皆様が

生き生きと充実した毎日を送っていらっしゃる様子を

拝見しているうちに、

どうしても山崎先生に診て頂きたいという

気持ちを抑えられなくなりました。

HPを何度も丁寧に読むことから始まり、

とにかく自分にできることは全てしようと

心に決めました。

目標が出来てからは、

気持ちを強くもって毎日を過ごすことが

出来たと思います。

神様から頂いた試練ですから、

私はどんなことをしても超えなければなりません。

その後、ラバーダムなしでシーラントをすることの

恐ろしさを知りました。

反面教師で、子供ができたらその子の歯は絶対に

守りたいと強く思っていましたが、

3歳のころに奥歯に

小さな虫歯をつくってしまいました。

その反省からもうするまいと思い、

すでに6歳臼歯にシーラントをしていました。

守ろうとしたことが、破壊行為であったと知り、

子供には本当に申し訳ない気持ちです。

GVBDOのHPを知らないまま過ごしていれば

愚かな母は、ハイシャに言われるままに矯正をして、

大切な子供までもボロボロにしていたかもしれません。

このHPに出会えたことを心から感謝しています。

子供には、私自身が経験することの出来なかった

歯で悩むことがない、

生き生きとした毎日を送って欲しいと

心から願っています。

子供の歯を守るためにも、

惑わされることのない正しい知識が欲しいです。

そのためにもデンタルIQを

もっともっと高めて行きたいです。

昨年9月の初めだったと記憶していますが、

マーサ笠井さんがプロフィーにいらした際の

お写真を拝見しました。

メチャクチャに破壊され、

とても辛い思いなさったマーサ笠井さんが

どのように復活されたのか、

また、前歯のブリッジという点で、

私の今の状態と近い方と思っていましたので、

是非、復活後のご様子を知りたいと思っていました。

ため息が出るほどに美しい歯でした。

初診のお写真と何回も見比べましたが、

とても同じ方とは思えません。

歯を大切にするという強い意志を感じました。

そしてこんな美しい歯を私も手に入れたいと

強く思いました。

4月16日、HPを拝見して以来、

是非お伺いしたいと思っておりました

子爵鳥居忠文之墓にお参りさせて頂きました。

あいにく小雨の降る日でしたが、

本郷三丁目からタクシーに乗り、

駒込の吉祥寺に向かいました。

参道には枝垂れ桜が少し咲いていました。

お七と吉蔵の碑、青銅のお釈迦様を通り過ぎ、

二宮尊徳の像まで行くと大変に立派なお墓が

見えました。

気持ちばかりのお花をお供えし、

静かに手を合わせました。

16日はイースターでした。お墓の前で、

私もまた復活の言葉を一層強く心に刻みました。

お参りが終わり振り向くと、

私の後ろで一緒に行った子供もまた目をつむり、

手を合わせていました。

そして、

「ママのためにお祈りしといたから」

と言ってくれました。

とても嬉しく、

子供から大きなパワーと勇気をもらいました。

13 書籍「ほんとうの治療」はいつ購入しましたか?

2005年6月末に申し込み、7月4日に頂きました。

14 書籍「ほんとうの治療」を読んでどのように感じましたか?

長い間、遠回りをしてきたけれど、

やっと近道を知ることが出来たと感じました。

私は今まで歯科治療で、

ことごとく間違った道を選択して来ました。

今のような状態になってしまったのは、

歯を大切にしなかった自分の責任ですし、

そのことをずっと後悔ばかりしてきました。

特に#9を失ってからは、

どうしてこうなってしまったのだろう、

出産で息み過ぎたことが原因かもしれない、

またそういう体質なのかもしれないと考えていました。

ただほんとうの理由を知りたいと、

ずっとそれだけを思い続けてきました。

「ほんとうの治療」には私が知りたかった、

明確な答えが書いてありました。

日本人の歯が悪くなってしまう謎が

全て解かれていると思いました。

そして、これ以上わけの分からないことに怯え、

自分を責めなくてもいいのだと分り、

私は救われました。

また、知らないということは、ある意味、

罪であると改めて感じました。

北大では、治療途中でかかって来た電話に出ながら、

カルテや写真、PCに触れ、

またその手をさっと洗い素手で治療するという

本に書いてあった通りのことが、

私の治療中に行われていました。

ラバーダムも勿論ありませんから、

治療の途中でリーマを口の中に

落とされたこともありました。

様々な場面で、

きっと私は面倒くさい患者なのだろう、

これはやっつけ仕事なのだろうと感じましたし、

心から信頼することは出来ませんでした。

ですが、山崎先生は違います。

ときには厳しく、常に真摯な姿勢で、

全身全霊をかけて正しい治療をなさっておられます。

日本の歯科医療を正しい道に導こうと、

強い使命感を持って戦っていらっしゃる山崎先生は、

この国の宝であると強く感じました。

また、超一流である先生が、

歯科治療に望まれるのと同じように、

丹精込めて育てていらっしゃる皐月や盆栽だからこそ、

多くの人を感動させ、数々の素晴らしい賞を

お取りになるのだと思いました。

15 GVBDOで治療を受けるとあなたの治療費はどのくらいになり、

予約の回数は何回くらい必要になると思いますか?

修復治療でX00万~X00万くらい。

予約回数は35~40回くらい。

歯列矯正で150万。予約回数は40回くらい。

口が開かない、音がするなどの症状はありませんが、

顎間接が痛んでいるかもしれません。

また漂白も必要と思います。

私の場合、遠方ですので交通費もかかりますが、

それも含め、また治療費が予想以上になった場合でも

大丈夫なように、もうすでにご用意できております。

吉沢様にご迷惑をおかけすることは一切ございません。

16 GVBDOでの歯の治療が終了して復活を遂げた時、

あなたはどんな生活をしていると思いますか?

超一流のDENTISTに治療して頂いたという

大きな喜びと、健康な体になるために、

復活するために、最後まで頑張ったという自信に

満ち溢れていると思います。

自分の全てであった仕事を諦め、

ただの主婦になった非力な私ですので、

以前のように、全てをかける新たな物が

見つけられるのか、正直申しまして、

今はまだわかりません。

ですが、やりたいことは沢山あります。

無駄にしてしまった時間を取り戻すべく、

様々なことに挑戦していると思います。

自分が今おかれている場所をしっかりと守り、

するべき事をこなし、周りを明るく照らすことが

出来るように精一杯頑張っています。

感謝の気持ちを忘れずに、私の心の

よりどころである最愛の家族のため、

また出会うことが出来た大切な人たちのために

心を尽くしていきたいと思います。

以上でございます。

このような下手な文章を最後までお読み頂きまして、

本当にありがとうございました。

また、長文になりまして本当に申し訳ございません。

お許しください。

山崎先生のもとには、

歯で悩む沢山の方々が救いの手を

待っていらっしゃることと思います。

ただ順番をまっていれば治療を受けられる

というものではなく、色々な幸運も必要である。

山崎先生のお言葉が何度も頭をよぎります。

そのような幸運に恵まれるかどうか、

それは分りません。

全てを神様に委ねたいと思います。

ただ私は心静かに信じて祈るだけです。

もう後悔の道は進みたくありません。

私にはGVBDOへの道しか見えません。

吉沢様、どうかお力をお貸しください。

よろしくお願いいたします。

最後になりましたが、山崎先生をはじめ、

吉沢様、GVBDOのスタッフの皆様に

おかれましては、

お忙しい毎日でいらっしゃることと存じます。

時節柄、くれぐれもお体を

お大事になさってくださいますように。

鞍作路加(くらつくりのルカ)

*****

Norman Yamazaki, DDS. says:

鞍作路加(くらつくりのルカ)が

G.V. BLACK DENTAL OFFICEにやってこられた

最大の理由は仏師という職業であったからです。

仏師はG.V. BLACK DENTAL OFFICEが

優先権を与えて招聘する職業の一つになっています。

日本を守る職業と、霊の国日本を支える職業が

G.V. BLACK DENTAL OFFICEでは

重んじられるのです。

鞍作路加(くらつくりのルカ)は

歯で悩んで生きてきましたが、

それは日本が間違った歯科医療に

占領されてしまっているからであり、

本来あるべき歯科医療が間違った歯科医療を

駆逐し絶滅させることが出来たとき、

鞍作路加(くらつくりのルカ)の

ような悩みを持つ人は日本からいなくなります。

G.V. BLACK DENTAL OFFICEが願い、

求めてたどり着こうとしている

アメリカ歯科標準治療を

日本のスタンダードな治療

にする過程に置いて、

日本の歯科医療では全く治せなかった

鞍作路加(くらつくりのルカ)の症例は、

数年後に完治した症例として、

G.V. BLACK DENTAL OFFICEの歴史の

1ページを飾ることになります。

鞍作路加(くらつくりのルカ)の歯を触る度ごとに

悪くしただけのハイシャさんは

日本中どこにでもいます。

鞍作路加(くらつくりのルカ)が

自分の歯を守ろうと考えたとき、思い浮かんだのは

G.V. BLACK DENTAL OFFICEだけであって、

デンタルIQナノ以下の者であるならば、

考えもしないような遠距離から

G.V. BLACK DENTAL OFFICEに

歯科治療のためだけに通うことを決めた

鞍作路加(くらつくりのルカ)の決意に、

医療人としての誇りが

少しでもある人間であれば、

通常とは違った胸の覚悟を

持つはずです。

鞍作路加(くらつくりのルカ)は

自分の人生をかけて

G.V. BLACK DENTAL OFFICEにやってきました。

その期待にG.V. BLACK DENTAL OFFICEは

答えるので、鞍作路加(くらつくりのルカ)が

もう歯では、

二度と悩まない人生

は間違いなくやってきます。

そのための基礎となる修復治療は、

2006年の夏のイベントとして

鞍作路加(くらつくりのルカ)の一人娘である

エバーグレースの夏休みの開始とともに始まります。

それまでに体力作りと免疫力を高めておくように。

今日はProphyをしてNG(ナイトガード)を

Delしたので、

それだけでもかなりの手助けになるはずです。

Welcome to G.V. BLACK DENTAL OFFICE.

 

初 投稿者:鞍作路加

投稿日:2006/07/06(Thu) 11:07 No.3809?

初めて書き込みをさせていただきます、

鞍作路加です。

昨日は、初診でお伺いしました。

山崎先生にはご丁寧な診察をして頂き、

素晴らしい治療計画を立てて下さいました。

(色々とご配慮下さいましてありがとうございました)

また、私の歯がマーサ笠井さんに

次ぐ悪さであるとお聞きしました。

見事に復活された先輩がいらっしゃるのですから、

しっかり見習いたいと思います。

午後にプロフィーをして頂いて、

スケーリングでは今まで決して

取ることが出来なかった汚れが一掃されました。

ツルツルの歯に感激しました。

歯の管理の仕方も教えて頂きましたので、

少しでもキレイに保てる様に頑張ります。

また、顎の位置には、

理想的な位置と習慣的な位置の二通りがあると

お聞きしました。

私の場合二つの位置の差が大きいということで

第一弾として、習慣的な位置で

NGを作って頂きました。

教えて頂いた通り、しっかり噛みたいと思います。

初めてお会いしました山崎先生は、穏やかで、

とてもおやさしい方でした。

修復治療が始まるまで、

体調管理をしっかりしたいと思います。

山崎先生、スタッフの皆様、

大変お世話になりましてありがとうございました。

最後になりましたが、

立派なお名前をありがとうございました。